村上春樹

映画が終って場内が明るくなったところで僕も目覚めた。観客は申しあわせたように順番にあくびをした。僕は売店でアイスクリームをふたつ買ってきて彼女と食べた。去年の夏から売れ残っていたような固いアイスクリームだった。 「ずっと寝てたの?」 「うん」と僕は言った。「面白かった?」 「すごく面白かったわよ。最後に町が爆発しちゃうの」 「へえ」 映画館はいやにしんとしていた。というより僕のまわりだけがいやにしんとしていた。奇妙な気分だった。 「ねえ」と彼女が言った。「なんだか今ごろになって体が移動しているような気がしない?」 そう言われてみれば実にそのとおりだった。 彼女は僕の手を握った。「ずっとこうしていて。心配なのよ」 「うん」 「そうしないと、どこかべつのところに移動してしまいそうなの。どこかわけのわからないところに」